東京都台東区の「蔵前」。浅草と両国の中間に位置する下町で、近年はおしゃれなカフェやショップが続々と誕生し注目を集めています。
倉庫やビルをリノベーションし、店舗として再生するスタイルをニューヨークのソーホーになぞらえ、「東京のブルックリン」と形容されることも。また、古くから金具や革製品などの問屋が栄えていたバックグラウンドもあってか、現在もクリエイターが工房を設けたり、ショップを開いたりと、モノづくりにこだわりを持つ個人商店も点在しています。
知れば知るほど味わい深い。そんな蔵前の魅力をさらに深掘りすべく、今回は東京イーストサイドに詳しいライターの岡島梓(おかじま あずさ)さんにガイド役をお願いしました。
●歴史の面影が残る蔵前。将軍家ゆかりの名刹や、昭和と現代が融合するスポットも
都営浅草線と都営大江戸線の2路線が利用できる蔵前駅。JR総武線の浅草橋駅へも徒歩10分程度と、周辺は交通環境に恵まれています。蔵前駅から東京駅へは約11分、新宿西口駅は約20分と都心のターミナル駅へも至近ながら、街自体は下町の風情を残す落ち着いた雰囲気。ほっこり癒される風景が広がっています。
最初に訪れたのは、元禄6年(1694年)に建立したと伝わる「蔵前神社」。江戸時代には徳川将軍家の祈願所の一社として尊崇されたという名刹です。
緑に包まれる厳かな拝殿。境内にも見どころが豊富です。
「この神社は、古典落語『元犬』『阿武松』の舞台や、勧進大相撲発祥の地としても有名なんです。毎年盛り上がりをみせる6月の『蔵前神社例大祭』では、江戸神輿のなかで最も華麗だと言われる彫刻が施されているので、一見の価値ありですよ」(岡島さん)
境内には、大相撲にちなんだ碑もありました。
続いて岡島さんが案内してくれたのは、「タイガービルヂング」。タイルの外壁や丸窓がなんともレトロなビルで、登録有形文化財にも指定されています。蔵前には、こうした昭和の面影を感じさせる味わい深い建物もちらほら点在しているのだとか。
「東京大空襲を乗り越えた、台東区で最も古いビルです。街のランドマークとして親しまれています。1階にはおしゃれなインテリアショップが入居していて、新旧が交わる蔵前を象徴しているスポットといえるかもしれませんね」(岡島さん)
●リバーサイドでまどろむ昼下がり。
次はリバーサイドへ。蔵前駅から5分ほど歩けば隅田川です。川面の向こうにスカイツリーを一望できる最高の見晴らし!
「浅草から月島まで続く河岸は整備されているので、ウォーキングや犬の散歩にもぴったり。『隅田川テラス』と呼ばれ、住民の憩いの場になっているようです」(岡島さん)
周辺には、古民家カフェやビストロもあり、店内から水辺の風景を満喫することもできます。生活圏内にある"普段使いの自然空間"は、多忙な日常からしばし離れ、心を整えるゆとりを与えてくれそうです。
●レシピは900種類! 毎週違う味が楽しめる「オリジナルマフィン」
「そろそろ何か食べましょうか」と岡島さん。じつは先ほどから気になるお店がちらほらあって、お腹が空いてきたところです。蔵前には、おしゃれかつ「雰囲気」のあるお店が本当に多い!
なかでも岡島さんのお気に入りが、「Daily's Muffin(デイリーズマフィン)」というマフィン専門店。「友人のお土産でいただいて以来、すっかりファンになりました」とのこと。
店主の古屋さん夫妻が生み出したオリジナルマフィンのレシピは、なんと900種類以上。その中から約16種類が、週替わりでショーケースに並びます。どれもこれも、ここでしか食べられないオンリーワン。聞けば、1日700個売れることもあるのだとか。
「おかず系からデザート系まで、毎日食べたいと思っていただけるような味を目指しています。朝8時から営業していますが、朝食に購入される男性も多いですよ」とオーナーの古屋さん。
食べてみると、外はカリカリ、中はしっとり。マフィン自体のおいしさも相当なものですが、やはり訪れる度に新しい味に出合える楽しさ、ワクワク感がいいですよね。
●栄養満点の玄米とおばんざい、身体にやさしいボリューム定食
続いて「ランチにおすすめです」と岡島さんが案内してくれたのが、玄米定食を楽しめる「結わえる」。店名には、日本の伝統的生活文化と現代を"結わえる"という想いが込められています。
「こちらの定食、最大の特徴は何と言っても『寝かせ玄米』です。特殊な圧力鍋で炊いてから3日~4日熟成させた玄米で、もちもちの食感が美味! 栄養価もとても高いんです。おかずも好きなものを選べるので、毎日食べても飽きない健康的なランチですね」(岡島さん)
こちらは「ハレ箱膳定食」。具沢山の特製汁や主菜、おばんざいなどをセルフで組み合わせられるボリュームたっぷりの人気メニューです。
ちなみに「結わえる」では、ワークショップも定期的に開催。寝かせ玄米の炊き方教室など、健康的な生活のヒントになりそうなものばかりです。さらに、物販も併設しており、全国から選りすぐった国産・無添加・伝統製法の美味しい食品が豊富に揃っていました。
●食後の一杯は、静岡の老舗問屋が手がけるこだわりのお茶を
食後は、これまたレトロなビルの1階に暖簾を掲げる「NAKAMURA TEA LIFE STORE」へ。
静岡で約100年続くお茶農家「中村屋」の直営店で、無農薬有機栽培の茶葉を販売しています。
ブランドのロゴやパッケージは、中村屋現当主と同級生のデザイナー・西形圭吾さんが手がけているのだとか。生活感が出ないおしゃれなデザインで、若い世代にもファンが多いといいます。
「気になる茶葉を急須で入れてもらって、試飲できるのも嬉しいです。スタッフさんと会話していると、お茶について詳しくなれますよ。お茶を介したコミュニティスペースとしても魅力的な場所だと思います」(岡島さん)
なお、今回訪れた3軒以外にも、サンフランシスコ発のチョコレート専門店「ダンデライオンチョコレート」や、おしゃれなコーヒースタンドなど、少し歩いただけで素敵な食のお店をいくつも発見できました。特に予定がない休日でも、近所をぶらりと散歩するだけで充実した一日を過ごせそうです。
●書いて残す楽しさを思い出させてくれる、オリジナルノート
また、グルメ以外にも、"クリエイターの街"ならではの逸品を扱うお店がズラリ。なかでも、蔵前のランドマーク的存在といえるのが、ステーショナリーを中心としたセレクトショップの「カキモリ」。ノートや万年筆など、大人のための上質な文房具が揃います。
「こちらの魅力は何と言っても、自分だけのオーダーノートを作れるところ。蔵前は文房具を作る職人さんがたくさん集まる場所だったことから、この場所にオープンしたと聞きます。販売しているノートも、地域の職人さんの協力を得て開発しているそうです」(岡島さん)
内装もこの通りスタイリッシュ。整然と文房具がディスプレイされ、美しさの中に遊びゴコロも感じさせます。
オーダーノートは60種類近くある表紙から、中紙、留め具、リングまでお気に入りをチョイス。
選んだ素材を渡すと、その場で一冊のノートに製本してくれます。
「書く楽しみを再発見してもらいたいという想いを込めて、書くことに特化した文房具店を作りました」と教えてくれたのは、カキモリ代表の広瀬琢磨さん(左)。
ノートだけではなく、12種類あるオリジナルインクもまた素敵。「インクの色味の美しさにこだわりました。アプリコットティー、ピンクレモネードなど、ネーミングからもストーリーを感じ取っていただけたら嬉しいですね」(広瀬さん)
●台湾の食とカルチャーを発信する、新感覚アンテナショップ
また、こんな珍しいお店も。2017年12月にオープンした「Taiwan Tea & Gallery 台感」は、その名の通り台湾にフォーカスした新感覚のショップです。
台湾と日本をつなぐクリエイティブエイジェンシー「LIP」が手がける同店。現地を知り尽くしたスタッフが発信する、台湾の食とリアルなカルチャーを感じることができます。「店内に所狭しと並ぶカラフルな雑貨を眺めているだけでも楽しいと思いますよ」と岡島さん。
●世界のワインと味わう、本場仕込みのイタリアン
ラストは、イタリア料理店「Goloso (ゴローゾ)」へ。
オーナー兼料理長は、生まれも育ちも台東区という木村良平さん。叔父さんが経営していた焼き鳥店を改装し、4年前にオープンしたそう。フィレンツェ、ベルガモ、サルデーニャで働きながら腕を磨いた木村さんによる本場仕込みの味に、根強いファンが通い詰めるといいます。
「全12席とコンパクトなので、おひとり様でも気軽に足を運べます。それでいて、料理長は職人気質。本当においしいと感じる食材しか扱わないので、いつ来ても唸ってしまうような美食を堪能できるんです」(岡島さん)
「チーズとこしょうのパスタ」(左)は、パスタが埋もれてしまうほど贅沢に振りかけたチーズが深いコクを生み出しています。プリプリのモツにトマトの旨みが絡み合う「佐助豚のいろんなモツのンドゥイヤとトマトの煮込み」(右)もおすすめ。
ちなみに、木村さんはソムリエの資格も持っておりワインの知識も豊富で、イタリア産はもとよりフランス、オーストラリアなど、料理に合うものを木村さん自らセレクトしてくれます。
●蔵前は「新しい下町」に進化中。これからますます面白いエリアに
昔ながらの下町をベースに、新たな魅力がアップデートされ続けている蔵前。昭和レトロな建物と、それを活かしたおしゃれかつこだわりのお店。水辺のカフェから本格派レストランまで幅広く揃う充実のグルメ。何気ない日常を丁寧にこだわって過ごしたい、そんな大人が満足できる街なのではないでしょうか。なるほど、感度の高いクリエイターたちが目をつけ、こぞって集まってくるのも納得です。
最後に岡島さんに改めて蔵前の魅力をお聞きしようと思ったところ、カキモリの広瀬さんが合流。お二人にお答えいただきました。
「蔵前は古くからあるコミュニティが、モノづくり志向の高い若手を温かく迎えてくれる街です。いわば、新しい下町。ビルひとつとってもゼロベースにするのではなく、レトロな趣を味に感じる人たちが集まっていることで、昔から続く文化と新しい感性がいい具合に融合している気がします」(広瀬さん)
「今日訪れた場所以外にも、モノがたりのあるショップがたくさんあります。カキモリは文房具ですが、リボンや糸などの素材に特化したお店も面白いですし、木材屋さんが作る家具屋さんや、草木染のショップなど作り手の想いがしっかりと伝わるショップもあります。蔵前での暮らしは、きっと人生を豊かにしてくれるはずです」(岡島さん)
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取材・執筆:末吉陽子
編集者・ライター。1985年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部卒。コラムやインタビュー記事の執筆を中心に活動。ジャンルは、社会問題から恋愛、住宅からガイドブックまで多岐にわたる。
http://yokosueyoshi.jimdo.com/
編集:やじろべえ